大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和43年(ネ)1034号 判決

控訴人(第二二〇一号事件控訴人・第一〇三四号事件被参加人) 株式会社第一相互銀行

当事者参加人(第一〇三四号事件当事者参加人) 金石泰治

脱退被控訴人(第二二〇一号事件被控訴人・第一〇三四号事件被参加人) 東京繊維株式会社

主文

控訴人は参加人に対し金三四三万一、七三四円及びこれに対する昭和三七年一二月一日から支払ずみまで年五分の金員を支払うべし。

参加人のその余の請求を棄却する。

参加費用はこれを五分し、その一を参加人の、その余を控訴人の各負担とする。

事実

第一申立

参加代理人は控訴人は参加人に対し金四一九万一、〇三四円及びこれに対する昭和三七年一二月一一日から支払ずみまで年五分の金員を支払うべし、参加費用は控訴人の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求め、控訴代理人は参加人の請求を棄却するとの判決を求めた。

第二事実関係

一  参加代理人は請求の原因及び控訴人の抗弁に対する答弁として次のとおり述べた。

(一)  訴外株式会社加瀬商店(以下加瀬という)は控訴人に対し昭和三六年一月三一日現在別紙〈省略〉第一目録(預金目録)記載のとおり合計金四一九万一、〇三四円の預金等債権(以下本件預金債権という)を有していたところ、加瀬は同年二月二日本件預金債権を自己の債権者達の代表としての脱退被控訴人(東京繊維株式会社)に対して譲渡し、同月八日内容証明郵便でその旨控訴人に債権譲渡の通知を発し、右は翌九日控訴人に到達した。

(二)  これより先き控訴人は加瀬との間で手形割引、手形借取引につき手形取引契約を締結し、その中で右加瀬が支払債務ある約束手形及び為替手形にして不渡となり銀行取引停止となつた場合は期限の利益を失う旨を特約し、これに基づき同年一月三一日現在加瀬から別紙第二目録記載のとおりの為替手形及び約束手形合計一一通(以下本件手形という)を取得し、これを割引きその割引金債権(以下本件手形割引債権という)を有していたところ、同年二月四日控訴人は加瀬との間で本件手形割引債権その他将来発生する債権を担保するため本件預金債権の上に根質権を設定し、同日その旨公証人の確定日付ある質権設定契約書を作成し、本件預金債権証書の差し入れを受けた。

(三)  しかるに同年二月二日加瀬は手形の不渡を出し倒産したので、控訴人は前記約定に基づき加瀬は期限の利益を失い、本件手形割引債権の弁済期が到来したものとして同年二月一〇日及び一六日の二回にわたり、本件預金債権についてはすべてみずから期限の利益を放棄した上、そのうち第一目録(一)のうち番号2中の内金四、二〇〇円、(三)及び(四)を除くその余の金額につき質権実行をし、みずからこれを取り立てて、これを本件手形割引債権の弁済に充当し、その手中にあつた本件手形一一通をことごとく加瀬に返還交付し、前記金四、二〇〇円は仮受金として加瀬に交付した。

(四)  しかし本件預金債権はすでに脱退被控訴人に譲渡され、同月九日にはその旨の通知があつたものであるから、脱退被控訴人としては質権の目的たる本件預金債権の譲受人として、担保物の第三取得者たる地位にあり、民法第五〇〇条にいわゆる弁済をなすにつき正当の利益を有する者というべく、その譲受けた自己の権利たる本件預金債権を出捐することによつて加瀬の控訴人に対する本件手形割引債権を消滅せしめたものであるから、弁済の場合に準じて当然債権者たる控訴人に代位しうるものであり、加瀬に対する求償権すなわち本件預金債権中前記質権実行にかかる分と同額の範囲内において、控訴人が右債権の効力及び担保として有した一切の権利を行使しうべかりし立場にある。従つて当時控訴人が有していた本件手形一一通は脱退被控訴人に交付すべきものであつたにかかわらず、控訴人はこれを加瀬に返還して脱退被控訴人への交付を不能ならしめた。もし脱退被控訴人が当時これが交付を受けていれば、これらの手形上の権利を行使して右求償権を満足せしめえたはずである。しかるに控訴人の故意又は少くとも過失に基づきこれが返還をえなかつた結果脱退被控訴人は本件手形を取得行使して加瀬に対する求償権の満足を受けることができず、結局本件預金債権中(一)の金四、二〇〇円を除いたその余と(二)の合計金四一四万六、五〇〇円の損害をこうむつた。これは控訴人の不法行為によるものといわなければならない。また右(一)中金四、二〇〇円の加瀬への支払は脱退被控訴人に対抗できないから、これを脱退被控訴人に支払うべく、さらに(三)の当座預金及び(四)の普通預金も脱退被控訴人に支払うべき義務がある。従つて脱退被控訴人は控訴人に対し以上合計金四一九万一、〇三四円及びこれに対する請求の後たる昭和三七年一二月一一日から支払ずみまで年五分の遅延損害金の支払を求める債権を有した。

(五)  脱退被控訴人は昭和四三年三月八日右債権を参加人に譲渡し、同月九日控訴人に対しその旨債権譲渡の通知をした。よつてここに参加人は控訴人に対し前項と同額の金員の支払を求める。

(六)  本件預金債権に譲渡禁止の特約のあることは知らない、仮りに右特約があつたとしても、脱退被控訴人はそれを知らなかつたから右特約をもつて対抗できない。また加瀬が控訴人主張の債権譲渡通知の取消の意思表示をしたことは認めるが、その効力は争う。

二  控訴代理人は答弁及び抗弁として次のとおり述べた。

(一)  参加人主張の(一)の事実中債権譲渡の事実は知らない、その余の事実は認める。同(二)(三)の事実は認める。同(四)の主張は争う。同(五)の事実中債権譲渡の事実は争う、譲渡通知のあつたことは認める。本件預金債権に対する質権実行による本件手形割引債権への充当関係は別表〈省略〉のとおりである。

(二)  本件預金債権には控訴人と加瀬との間に譲渡禁止の特約があり、脱退被控訴人は右特約の存在を知つていたから、債権譲渡によつて本件預金債権を取得することはできない。

(三)  仮りにそうでないとしても加瀬は昭和三六年二月一七日書留内容証明郵便で控訴人及び脱退被控訴人に対し前記債権譲渡の通知を取り消す旨の意思表示をし、同日到達したから、脱退被控訴人が有効に債権譲受を控訴人に対抗しうることを前提とする参加人の請求は失当である。

(四)  仮りにそうでないとしても、脱退被控訴人は加瀬から質権の対象となつている本件預金債権を譲受けたのであり、質権実行は任意弁済とは異なるものであるから脱退被控訴人が質権実行により代位することはありえず、本件手形割引債権は質権実行によつて満足したが故に本件手形は割引依頼人である加瀬に返還したのは当然であつて、これを脱退被控訴人に返還すべきいわれはない。従つてこれを前提とする不法行為の主張は失当である。

三  脱退控訴人ははじめ昭和四一年(ネ)第二二〇一号事件被控訴人(第一審原告)として本件訴訟を追行してきたが、当審において参加人が参加するにおよんで参加人及び控訴人の同意をえて本件訴訟から脱退した。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  訴外株式会社加瀬商店(加瀬)が控訴人に対し昭和三六年一月三一日現在別紙第一目録(預金目録)記載のとおり本件預金債権を有していたことは当事者間に争いなく、同年二月八日加瀬が右債権を脱退被控訴人に譲渡したことを内容証明郵便で控訴人に通知し、右通知が同月九日控訴人に到達したことは当事者間に争ないから、右事実によつて右債権譲渡の事実はこれを推認すべきものである。

二  控訴人は本件預金債権には譲渡禁止の特約があつた旨主張し、原審証人横塚文彦(第一回)の証言及び弁論の全趣旨から本件預金債権の証書であることを認めるべき乙第五、第六号証、第八、第九号証、第一一ないし第一三号証、第一五ないし第一七号証、第一九号証の記載をあわせれば、右預金、積金等債権は控訴人の承諾がなければ譲渡しえない旨の特約があつたことはこれを認めうるが、原審における証人加瀬勇治の証言及び脱退被控訴人代表者尋問の結果に弁論の全趣旨をあわせれば、当時加瀬が手形不渡を出して倒産したため、これと取引関係のあつた脱退被控訴人ら債権者が集つてその善後策を講じ、本件預金債権を右債権者らの取引代金の代物弁済として譲渡を受けることとし、加瀬にも異存なく、またその預金証書等は控訴人の手中にあつたので債権者らの代表としての脱退被控訴人は右譲渡禁止の特約のあることを知らずにその譲渡を受けたものであることが明らかであるから、この点の控訴人の主張は失当である。

三  次に右債権譲渡後加瀬が右債権譲渡通知を取り消す旨の意思表示をしたことは当事者間に争ないが、いつたんなされた債権譲渡の通知を譲渡人がなんら適法な取消理由なく取り消すことはできず、本件においてその取消事由のあることはこれを認めえないから、この点の控訴人の主張も採用しえない。

四  しかしてこれより先き、控訴人が加瀬との間で参加人主張の手形取引契約を締結し、その中で参加人主張の期限喪失の特約をしたこと、右契約に基づき昭和三六年一月三一日現在控訴人が加瀬から本件手形を取得し、これを割引き本件手形割引債権を有していたこと、同年二月四日控訴人が加瀬との間で本件手形割引債権その他将来発生する債権を担保するため本件預金債権の上に根質権を設定し、同日その旨公正証書による質権設定契約書を作成し、本件預金債権証書の引渡を受けたこと、しかるに同年二月二日加瀬が手形の不渡を出して倒産したので、前記約定により加瀬は期限の利益を失い、本件手形割引債権の弁済期が到来したものとして、同年二月一〇日及び一六日の二回にわたり、控訴人が参加人主張のとおり本件預金債権については控訴人においてすべて期限の利益を放棄した上その中第一目録(一)(内金四、二〇〇円を除く)(二)につき質権実行をし、みずからこれを取り立てて、これを本件手形割引債権の弁済に充当し、その手中にあつた本件手形一一通を加瀬に返還し、前記金四、二〇〇円は加瀬に返還したことは当事者間に争いなく、右質権設定は公証人の確定日付ある証書によりなされ、質権者は同時に本件預金債権の債務者であるから、右証書は当然債務者たる控訴人への通知ないしその承諾を含むものとして第三者に対抗しうるものというべく、質権実行による充当関係が控訴人主張のとおりであることは参加人の明らかに争わないところである。

五  よつて右事実関係に基づき、まず脱退被控訴人が参加人主張の損害賠償債権を取得したかどうかについて検討する。

(一)右認定事実によれば、脱退被控訴人はすでに有効に質権の設定ある本件預金債権を取得した者(債権譲渡は質権設定以前であるが譲渡通知をしたのは質権設定以後であるから結果的には質権が先行する)であるから、右質権の被担保債権たる本件手形割引債権等について民法第五〇〇条にいわゆる弁済をするにつき正当の利益を有する者というべきである。しかるに脱退被控訴人は本件預金債権中前記部分の質権実行を受けることにより、これを犠牲に供して本件手形割引債権の対当額を満足させて消滅せしめたものであり、これひつきよう自己の出捐によつて控訴人の債権を満足せしめたものというべく、結局右法条にいう弁済をした者と同視するのが相当である。従つて脱退被控訴人は当然これによつて債権者たる控訴人に代位するものというべきである。

このことは本件預金債権がもともと脱退被控訴人の取得を対抗しうる以前に質権の目的となつていたからといつてその理を否定せられるべきでないこと、物上保証人、担保不動産の第三取得者等がその担保権の実行により代位権を否定せられるべきでないことと同様である。はたしてしからば脱退被控訴人はその代位の効果として自己が加瀬に対して求償しうべき範囲内すなわち本件預金債権中前記部分の範囲内で、債権者たる控訴人がその債権の効力及び担保として有した一切の権利を行使しうる地位にあるものというべきである。本件手形は控訴人において割引のため取得していたものであり、本来その割引による本件手形割引債権は、その手形債務者(すなわち為替手形の引受人、約束手形の振出人等)が満期に支払をすることにより決済せられるべきものとして取得しているのであるから、本件手形は本件手形割引債権に対しては一種の担保たるものというべきである。従つて代位権ある者が自己の出捐によつて本件手形割引債権を満足せしめた以上、本件手形は右代位権者すなわち脱退被控訴人に返還すべきものといわなければならない。手形が受戻証券であること、あるいは割引依頼人が加瀬であることによつてはその結論を異にするものではない。しかるに控訴人はこの理をあやまり、本件手形をたやすく加瀬に返還して、脱退被控訴人には返還しなかつたことは前記のとおりである。

(二)  本件手形のうち別紙第二目録記載の番号2ないし4、6ないし9が満期に支払われたことは成立に争ない乙第九号証の一、二、四、六によつて明らかであり、同目録番号5の一通については成立に争ない乙第九号証の五によれば同じ振出人(緑屋商事株式会社)の振出した右5の手形より金額が大でかつ満期が後である二通の約束手形がいずれも満期に支払われていることが明らかであるから、この事実からすれば、反対の事情の認められない本件では右5の手形も満期に支払われたものと推認するのが相当である。また同目録10、11の二通は成立に争ない甲第九号証の三によれば支払場所における支払によつて決済がなされたことは不明であるが如くであるが、右二通の約束手形の振出人は安田商事株式会社であるところ、原審における証人加瀬勇治の証言及び弁論の全趣旨によれば、右安田商事は控訴人を除いては当時加瀬に対する最大の債権者であり、加瀬は控訴人から引渡を受けた本件手形はすべて安田商事に交付したことが明らかであるから、右二通は振出人たる安田商事の手中に帰し、呈示されることなく終つたものと推認され、もしこれが脱退被控訴人等第三者に渡つて呈示されればその支払を受けうべかりしことはこれを肯認すべきである。しかし同目録番号1の約束手形一通が決済されたことを認めるべき証拠はなく、かえつて弁論の全趣旨によれば、右は不渡に終つたものと認めるべきである。従つて同目録2ないし11の手形(但し11については参加人の自認する内金一〇万四、一七九円のみ)は当時脱退被控訴人に返還されれば満期に支払われて少くとも参加人の自認する同目録差引金額らん2ないし11の合計金三三八万七、二〇〇円の限度で前記求償権を満足しえたはずである。従つて右金額は脱退被控訴人においてうべかりし利益としてこれを喪失したものであり、加瀬商店が倒産したことは前記のとおりであり、右は結局脱退被控訴人のこうむつた損害というべきである。

(三)  右損害は控訴人が本件手形の返還先きをあやまつたことによるものというべきところ、これについては控訴人が金融機関としてその尽すべき注意義務を尽さず、本件預金債権が譲渡されたことを重視せず、たやすく通常の決済と同視して、結局その措置をあやまつたものであり、少くとも過失の責は免れない。本件預金債権に譲渡禁止の特約があることは前記のとおりであるが、右は善意の第三者に対抗し得ないのみならず、現に債権譲渡の通知を受けた以上、右特約の存するとの一事はなんらその過失を解消せしめるものではない。いわんや譲渡人加瀬からの一方的債権譲渡通知の取消の如きは(前顕証人加瀬勇治の証言によれば右通知はむしろ控訴人の示唆によつた疑いすらある)、右過失の認定を妨げるものではない。しからば控訴人は脱退被控訴人に対して右金三三八万七、二〇〇円の損害を賠償する義務があるものというべきである。

六  次に本件預金債権のうち別紙第一目録番号2のうちの金四、二〇〇円は控訴人が仮払金として加瀬に支払つたことは前記のとおりであるが、右は質権実行によるものではないから、譲受人たる脱退被控訴人に対抗できず、控訴人は同額の金員を脱退被控訴人に返還すべき義務がある。また同目録(三)(四)の預金債権については質権実行によつて消滅したことはこれを認めるべきものがないから、控訴人はこれを脱退被控訴人に支払うべきである。

七  しからば控訴人は脱退被控訴人に対し以上の合計金三四三万一、七三四円及びこれに対する請求の後であること記録上明白な昭和三七年一二月一日から支払ずみまで年五分の遅延損害金の支払義務あるところ、脱退被控訴人が昭和四三年三月八日控訴人に対する一切の債権を参加人に譲渡した旨控訴人に通知し、右通知が同月九日控訴人に到達したことは当事者間に争ないから、右債権譲渡の事実はこれを推認すべく、結局控訴人は参加人に対し右金員を支払う義務があるがその余の支払義務はないものというべきである。

八  よつて参加人の控訴人に対する本訴請求を右の限度で正当として認容し、その余を理由のないものとして棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九四条第八九条第九二条を適用し、仮執行の宣言はその必要がないからしないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武 岡本元夫 田畑常彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例